44歳でベンチプレスの大会に初出場しました。
公式の自己ベストは66㌔級で137.5㌔です。
止めなし145㌔です。
地上最強の中年ベンチプレス王に 俺はなる! v^^v
夢は夢にに非ず
諦めない限りは
勝利の女神はこっちを向いてるぜ
(^o^)丿
人生の目標は、100歳で公式記録100㌔!
健身気功で達成する
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19:00
やっと二つ届いた 洗濯をしてひげを剃った airtagのスイッチを切って 今回の旅行は終了
ほとんどの選手が英語の会話が出来ない中
私がお願いしてすべての選手の通訳をしてくれた Ⅾさん ほんとうに感謝です すべての選手の行き先や事情を伝え 何度も変化を伝えても 優しく対応してもらえました 更に他の選手にバウチャー券が出ないことに キチンと抗議してもらえました ※結局 保険対応になりました 再発券窓口が6もあるのに 選手みんなに気配りして頂き あっちこっち移動して交渉してもらい 本当に感謝です 外国人の対応の仕方は おもてなしの心は皆無 とにかくガーガー早口でまくし立てる 日本人 みな困惑のなか Ⅾさん ほんとうに感謝です 感謝しきれないくらいです 人間性1(削除済み)に書いた人間と 真逆の聖人属性の方もいらして 神様はバランスとってんだな~ と思った次第 もう朝の3:48 ゲーム アーマードコア6始めます! ^^v
帰国時の極限状態
ま、戦争時からみたら平和で安全 それだけで有難いんですけどね ・・・・どう書くか難しいけど ※邪も書いたけど消しました^^ 帰国の地獄時にはモロ人間性が出てました 自分も不安定の中、みんなが揃うまで 統率して待ってくれた方 最大限の感謝 ※女性で世界記録更新の連発 すぐドーピングチエック入りました この時は日本に帰れないと皆絶望していました そんななかでのリーダーシップ 私が4時間並んでいる間 ずっとみんなずっと待ってくれていました みな早くて2日後、3日後の日本行発なのに 私がその日すぐのロスに決まったと告げると 「時間がないからすぐに急いで!」と。。。 岩本幸子さんです 52㌔級
帰国までの予定フライト
5/29 8:00 オースティンバーグストロム空港 9:13 ダラス空港 11:05 ダラス空港 5/29 14:40 羽田空港(日付変更あり) 17:30 羽田空港 19:10 とかち帯広空港 だった。。。はずが・・・・ もう想像も出来ないくらい大変な事態で 帰国出来ないのでは????@@:と 酷く過酷な経験をして やっと本日帰国出来ました 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 前日5/28は20:00からバンケット(打ち上げ) 23:00にはホテルに帰り シャワー後も寝ずに 5:00にホテルからタクシーでオースティン空港へ ※部屋は3人部屋とのことでしたが ダブルベッドが一つだけで 私は床に8泊寝てました もちろんロングソファーもなし とんでもない環境@@; 朝なのに車が混雑するなか オースティン空港でチエックインして スーツケースを2つ預けました ※事前情報でロストする可能性があるから 試合用のグッズは渡米時手荷物にしていた方がいいと^^ でも、試合が終わったので2つとも預けた経緯あり アプリで前日からフライトが遅れそうとのメール やな予感が的中 4時間遅れて 12:00過ぎにオースティンからダラスへ飛びました ダラスに着陸しても缶詰め状態 そのうちスチワーデスさんがお菓子と水を乗客に配り始めた 機内で2時間も待たされてダラス空港へ 当然 羽田行きの乗り継ぎは間に合わず とっくに飛行機は行ってしまった そこでサービスカウンターで再登場のチケットを探してもらわねばならなくなった ゲートⅮ24 そこがサービスカウインターの場所だ 。。。すごい行列 結局4時間かかってやっとチケットが手に入る 先に並んでいた日本の選手は最速でも5/30以降でなければ 羽田行きは取れないと言われていた また、トロント→香港→羽田を提示された選手もいた ※トロントはカナダなので もう一度ビザに代わるESTA (米国)みたいなものの 申請も必要とのこと@@; そんな中、私、4時間待って見つけてもらったフライトプランは なんとその日の22:00にロス経由の羽田便 キャッはー!!!! みなが最短でも5/30発のなか 5/28に乗れるので あわてて急いで皆に挨拶してロス行きゲートへ 運よく、もうひとりの若い女の子(選手)といっしょになった はっきり言って乗り換えの仕方も分からないし 英語も話せないので不安でいっぱいだったので 彼女の存在は天使に見えた^^ だか、しかし! 飛ぶギリギリでキャンセル(欠航)の表示 5/28 22:00発ロス行はハリケーンでペケ@@; え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ またゲートⅮ24に並び直し 数百メートルの列 頼りにしていた若い女の子選手は号泣 かわいそうなので椅子で寝るように促し 私はひたすら並ぶ。。。。 行列で待つこと6時間!!!!!!!!!!!!!!!! やっとチケットをもらった それも。。。心が折れる呈示だった。。。 内容は これから、あと2日このままダラス空港で野宿 ※私も彼女もホテル予約のスキルなし その後ロスへ飛ぶも、またロスの空港で1日野宿して やっと羽田に着いても帯広行は満席で6/3しかない だから羽田で野宿3泊必要。。。。 帰国出来れりゃいいや。。。ぼそぼそ(心境) サービスカウンターでは分からん英語をガンガンまくし立てられて もう うんざり。。。 そしたら代理店より 韓国(仁川)経由が空いたとのこと すぐに近くのカウンターに行ったが とにかくⅮ24へ行け!と 行ったら職員にまくし立てられて そしたら代理店から また、再度韓国(仁川)経由羽田が取れそうとの連絡あり 今度は大丈夫とのことでした(信用度薄い) 臨時カウンターに2度回されたが とにかくカウンター担当の圧が強く なんでも ノー!!!!&ノー!!!!! 腕でバッテンの仕草 更に1時間待ったところ 成田行きあるよ!と不愛想なカウンターのおっさんからの突然の提示 なんか急に空いたみたいです??? その便も2時間遅れで離陸 これで1件落着と思ったけど成田に着くと バッゲッジは日本人選手全員ロスト@@; スーツケース airtagみるとオースティンのまま さらに日本の税関で手続き。。。 つづく
ノーギアの部無事終了
鈴木佑輔団長・藤田雄二次監督をはじめ選手とご家族 皆様には本当にお世話になり感謝です 有難うございました 特に鈴木佑輔団長・藤田雄二次監督 このお二人にはスペシャル感謝です ベンチプレスだけではなく 選手のマネージメント力・気配り・心遣いには ほんとうに頭が下がる思いです ご自分たちの試合があるにも関わらず 厄介なトラブル等にもいつも笑顔で対応して頂き リアルチャンピオンの何たるかを教えて頂きました 世界大会 いくつものドラマがあり 息詰まる駆け引きに興奮と喜び 55か国が集まったオースティンの大会 やはり間近で見る迫力、力のこもった応援 そして表彰時の選手の涙 すべてが絵になる ほんとに幸せな時を過ごせました 最終日の夜 全体の打ち上げでの団体表彰 日本選手団の強さを改めて感じました 申請からとても大変な道のりだったけど 参加してよかった しみじみ感じます |
カウンター
カテゴリー
プロフィール
HN:
十勝の男(とかお)
年齢:
63
HP:
性別:
男性
誕生日:
1961/04/13
職業:
無職
趣味:
超人追求 健身気功
自己紹介:
元空手家
ゴッドハンド大山倍達先生からいただいたトレーナーを 知らないうちに妻が雑巾にしていたという ・・・・・辛い過去の持ち主(T_T) 2006年11月19日 第5回ジャパンオープンマスタ-ズベンチプレス大会 75㌔級 5位 2009年3月1日 第7回ジャパンオープンマスタ-ズベンチプレス大会 67.5㌔級 優勝 2010年2月28日 第8回ジャパンオープンマスタ-ズベンチプレス大会 67.5㌔級 4位 2013年5月26日 第23回全日本実業団ベンチプレス大会 66㌔級 マスターズⅡ 優勝 2015年2月21日 第15回ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 66㌔級 マスターズⅡ 3位 2024年1月20日 第25回ジャパンクラシックベンチプレス選手権大会 66㌔級 マスターズⅢ 2位 2024年5月22日 世界ベンチプレス選手権大会 66㌔級 マスターズⅢ 1位 特技:房中術
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